特別講 講議資料


見た目や「かたち」だけの保全再生ではなく、
その町並みの中で暮らす人々にとって、
ほんとうの保全再生とは何か。


日本民家再生リサイクル協会のはたす役割は、何か。
−手漉き和紙の美濃・石見銀山と石見太田・塩の竹原。酒の西条。
 文明開化の商都南予(卯之町・吉田)など日本の事例を、
 ヨーロッパやアメリカの事例と比較してみる

★見た目と形だけの保全再生★

日本では、歴史的遣構や古い町並みの保全と再生は、建造物や構造物の外形や外観、あるいは景観の、保全再生とほとんど同じ意味だと考えられてきました。
もっと不幸なことには、外形や外観、景観の保全再生さえも、見た目のかたちだけに囚われて、素材、原材料、道具、工法、技法、技術などの保全と再生を前提にした、本来の保全再生からは、遠く隔たっているのが現状です。国指定の重要伝統的建造物群保全地区でも、ほとんど例外ではありません。
歴史と伝統が育んだ地域の暮しの文化や、地域のひとびとの暮らしのありかた、地域ごとに成立してきた、不断に循環する完結型の経済、などを放り出してしまえば、見た目と形ばかりの保全再生にならざるをえないのは、当然のことなのかもしれません。
思い出してみていただきたいのですが、つい少し前までは、どこの町でも、製材所、材木屋、建具屋、経師屋、指物師、ガラス屋、鍛冶屋、水道屋、大工、左官、瓦屋、電気屋、飯金屋、飾り職人、木挽き、曳屋などが、そこここにあり、材料屋や道具屋が、材料や道具を供給し、下職人や下請業者が仕事の一部を分担し、八百屋、豆腐屋、魚屋、肉屋、煮豆屋、パン屋、和菓子屋、洋服屋、洋品店、履物屋、靴屋、傘屋、家具屋、自転車屋、金物屋、瀬戸物屋、駄菓子屋、煙草屋、薬局、はんこ屋、本屋、不動産屋、床屋、美容院、歯医者、内科小児科・医院、郵便局、映画館、寺や神社などが、それぞれ「家業」として代を継ぎながら、軒を連ねていました。たいていのことは、その町の中で問に合い、用が足りるようにできていました。
世界市場経済体制が進む中で、そのような地域の暮しの仕組みは、古臭く時代に合わないものとして、根底から否定されていきました。
昔からあった古い町並みは、「発展から取り残された厄介な問題」として、いっそ取り壊すか、それとも何かに使えるならば保全再生するか、という具合に取り扱われるのが常でした。
あまり古い例を引き合いに出すまでもなく、帝国ホテルや丸ビルを、ほとんど祷踏することもなく解体してしまった時には、世界の多くの人々が驚きと失望を隠しませんでした。
ライプツイヒの人は、ただ呆然とするばかりでした。第二次世界大戦の際、爆撃のために、中心市街地のほとんど全てが壊滅した後、市民たちは、たいへんな苦労と努力で、全く元通りに街を復元したのでした。「こうでなきゃ、ライプツィヒはライプツィヒじゃない」と市民は、胸を張ります。
一方その頃日本では、「スクラップ アンド ビルド」という言葉が、大はやりでした。経済の発展を至上命題として、新市街地の開発や再開発に取り組んでいる間に、旧市街地の古い町並みは、櫛の歯が欠けるように、空き家になっていったり、取り壊されて駐車場になったり、新しくビルが建ったりでした。それが相当進行してから、惜しむ人もあり、懐かしむ人もありで、保全再生が町の人々の話題になるのが、これまでのパターンでした。