■第3回 岡田まちづくりフリートーク(講和とディスカッション)
岡田400周年をきっかけとした新たな岡田のまちづくりを自由に話し合います。有識者を招いてのお話。またアドバイスを伺います。
第三回 ワークショップアンケート


第3回講師
  山本勝子  略歴      日本福祉大学知多半島総合研究所主幹

   1945(昭和20)年生  福岡県出身
   1968(昭和43)年   日本福祉大学社会福祉学部卒業
   1970(昭和45)年   法音寺学園日本福祉大学勤務、学生課・企画課・広報入試課を経て
   1981(昭和56)年より 研究課勤務
   1988(昭和63)年   知多半島総合研究所設立。 歴史・民俗部、地域・産業部の
              2部により知多半島をフイールドとして調査研究・委託事業
              を実施。
   1999(平成11)年〜  日本福祉大学が呼びかけて、学・産の連携で地域振興策を
              提言していく「知多ソフィア ・ネットワーク」を設立。
              その事務局を努める。知多半島ピジターズ戦略の具体化、ク
              オリテイ・プロダグツ、知多半島風景創造、畜産廃棄物再資
              源化・循環システム研究、里山整備と竹炭つくりなどのプロ
              ジェクトを実施している。
   2002年10月      第5回山車祭りでは「尾州早すし」の復刻、時代村のプラン
              づくりなどを行った。
杉江恵子  プロフイール

   (あすことねっと副会長、スペースとこなべ代表、常滑郷土文化会つちのこ会長)

   1848年  愛知県常滑生まれ、生家は大正時代から続く窯屋
   1987年  常滑郷士文化会つちのこ発足。1994年より会長
   1996年  有田、瀬戸、多治見、四日市、常滑焼き物の五大産地のやきものの音を集
        めジャパン・セラミック・サウンドサミットコンサート『響け地球の音』
        をプロディース。常滑市で開催。
   1998年  明日の常滑を考える市民会議『あすとこねつと』発足。副会長
   1998年  『あすことねつと』で地元常滑のケープルテレピと共に30分番組1年間
        12本『常滑歴史発見』制作。脚本、ディレクター担当,
   2000年  常滑やきもの散歩道に『スペースとこなべ』オーブ`ン、代表。

曲田 浩和  まがりだ ひろかす(1965生) 講師 文字修士

  東洋大学文学部史学科卒業(1988).東洋大学大学院文学科究科史学専攻修士
  課程修了(1991),学習院大学大学院人文科学研究科日本史学専攻博士課程単
   位取得(1994),江東区芭蕉記念館職員(1994〜97),学習院大学非常勤講師
   (1997),日本福祉大学知多半島総合研究所主任研究員(1997〜2000),日本福
   祉大学非常勤諦師(1997〜2000)‘日本福祉大学赴任(2000〜).
【専門分野】
   日本近世史、特に生産・流通・消費の関連から当
  時の経済・社会を考える.地域のなかでの商人の動
  き,地域をつなぐ流通のあり方を通して,江戸時代
  の生活を探る


第3回資料

岡田まちづくりフリートーク 

●伊井

l 岡田まちづくり準備会では、古い街並を残して100年後を見据え、どうしたら元気のあるまちにできるかを考えていく会です。

l 当面、2006年が岡田村誕生から400周年にあたるため、これに向けて各種のイベントをしながら400周年のPRと、まちの誇りを伝えていきたい。

l 最初のイベントとして『岡田の魅力再発見』を企画し今回がその3回目に当たります。

●山本先生

l 産業観光で売り出すのは知多半島の強みであり、すばらしい事で、粘り強くやる事が必要。

l 素材は有りながら、ハード面で不十分。半田の赤レンガ、常滑の煙突など。これからの整備が必要。 

●杉江さん

l 常滑で『つちのこ会』を主催して10年になります。まちの記録を地元のケーブルテレビ社と組んで自分たちで作りました。1本30分のものが12本。交通費や食事代をスポンサーに依頼して費用を捻出しました。とても喜ばれ、全国のケーブルテレビで放映されました。そのほか、写真集を2冊発行しました。

l 物を残していくには、楽しく、そして長く続ける事が必要。

l 特に人に見てもらうには、おもてなしの心が必要。たとえば、居心地のよさ、楽しい思い出(まちの人皆が我が町について話し(ガイド)ができる)、休める場所があるなど。

●曲田先生

l 楽しい事を持続させる事・・・人に見てもらうと自分たちが元気になり地域が元気になる。

l まちにもてなしの心が必要であり、人が集まってくれば地元も元気になる。 松坂は伊勢にあり、もてなしに慣れていた。

●杉江さん

l 常滑の焼き物散歩道は、工場と住居が混在する場所にあり最初は住んでいる人たちが戸惑う事もあったが、今はそんなに困ってはいない。

l お店は、もともとの住人ではないが地元の人がやっている。

●山本先生

l 地域が来てくれる人を選んでいる。

l 常滑は、年間30万人ほど歩いているのではないか。

■岡田について

●山本先生

l ウォーキングコースを作り、地域でもてなしていくとよい。

l 人が集まって来るとまちが変わってくる。「はんだ山車祭り」がよい例。住人も人がくると喜んでいる。まちの見せ方、何をまちの売りにするかを考える事が必要となる。

l 岡田も名鉄のウォーキングコースに組み入れるとよい。

●伊井 

l 夢ですが、岡田の西側に近藤紡績所の建物が残っています。そこは、明治時代に岡田で最初に動力織機の工場を始めた中七木綿のあったところですが、今は、織機も無くがガランドーです。そこで、トヨタが栄生でやっている産業技術記念館のミニ判を作りたい。知多木綿のすべてがわかるような資料館と食事どころ、喫茶店、山車蔵、芝居小屋も入れた人集めの核になるところにしたい。

●曲田先生

・木綿は、生活に必要だから強い。
・知多木綿のエキスが岡田にはある。
まち丸ごと博物館にして核を作る。今あるものを大切に残す事が大切。後で作っては無駄金が多くいる。

曲田先生の資料

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